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第8回「脂肪乳剤と凝固異常」

脂肪乳剤と凝固異常

経静脈的な脂肪乳剤は血栓症や重篤な凝固異常の患者さんには使ってはいけない、という制約があるので、救急集中治療領域では使用適否の判断に迷うことが多いですね。以下に、その「禁忌」の理由などを含めて、まとめてみたいと思います。

脂肪は1g当たりのエネルギー供給量が9kcalと高く、細胞膜の構成成分、プロスタグランディンの産生など、生体内で重要な役割があり、また、多価不飽和脂肪酸(Polyunsaturated fatty acid:PUFA)は生体内では合成できないので、その供給は必要不可欠です。

我々の担当する重症救急患者さんでも、侵襲期の経腸栄養が不完全な時期に、エネルギー源として脂肪乳剤を使用することは、血糖コントロールが容易、少ない水分量で多くの熱量を得られる、高炭酸ガス血症の抑制効果、などから有効と考えています。

しかし、脂肪乳剤の添付文書には、禁忌項目として「血栓症のある患者」や「重篤な血液凝固障害のある患者」がリストアップされ、さらに慎重投与として「血液凝固障害のある患者」との記載もあります。集中治療を受けている患者さんは、血栓症のハイリスク群や血液凝固異常を有していることが多いので、これではまるで「重症患者さんには脂肪乳剤を使用してはいけない」と唄っているようなものですね。

そもそも、どうして脂肪乳剤が血栓症を有する患者に対して禁忌になったかというと、1964年のAmrisらの報告にさかのぼります(1)。この報告では、脂肪乳剤を混和した血液検体においてトロンビンの過剰形成が認められたと述べています。

我が国の脂肪乳剤は、これを受け、病態を増悪させる可能性が高いと判断され、「血栓症のある患者」に禁忌となりました。しかし、約40年前の文献で、しかも臨床研究ではなくin vitroなもの、かつ検体数すら明記されていない文献の影響を、ずいぶん長期間にわたって引きずっているものですね。Amrisらの報告以降、何か新しいエビデンスはあるのでしょうか・・・。

1984年、Mottonらは(2)、TPNを受けているステージⅢとⅣの食道癌症例26例において、脂肪乳剤の凝固止血系に与える影響を検討しました。症例は2グループに配分され、グループ1(13症例)には脂肪乳剤無しの24時間TPNを行い、グループ2(11例)は24時間TPNに10%Intralipid(1000ml)の12時間持続投与(1.8-2.1 g/kg/day) を追加しました。これら2つのグループにおいて、一次止血、血小板粘着、凝固系のフィブリン形成などを測定したところ、脂肪乳剤による凝固系や血小板粘着能の変化は認めなかったと結論しています。

1990年、Cottoらは(3)、ワーファリンで抗凝固療法を施行している23名の患者の血液サンプルを用いて、脂肪乳剤の影響を検討しました。各サンプルに様々な量の脂肪乳剤を加えることで、生体に脂肪乳剤を持続点滴した際の血中濃度変化を再現しつつ、それぞれの凝固時間を測定しました。結果、多くの濃度サンプルでわずかなPT時間の短縮を認めたため統計学的な有意差を認めましたが、得られた凝固時間の短縮は臨床的にはごく小さいものであり、臨床的には影響がないと結論付けています。

1996年、van der Pollらは(4)、敗血症患者に脂肪乳剤を投与するとどういった凝固系変化が生じるかを調べるために、健康成人10名にエンドトキシンを静注した後に脂肪乳剤(コントロールは生理食塩液)を持続点滴する方法で比較検討しました。結果、脂肪乳剤の持続点滴は有意にプロトロンビン(F1+2切片)やTAT値を上昇させたため、敗血症患者への脂肪乳剤投与は凝固系を亢進させる可能性があると結論しました。

このように、Amrisの報告に対して否定的なもの、肯定的なもの、いずれも散見されますが、いずれの検討も小規模であり、日常の医療行為を覆すには至りません。つまり、実際に脂肪乳剤が本当に血栓症や凝固異常を増悪させるのか、だとしたらどういったメカニズムなのか、などについては、いまだ開拓余地のあると思われます。

加えて、添付文書で禁忌とされている「重篤な」凝固異常と、慎重投与とされている「普通の」凝固異常との違いは何でしょうか?おそらくこの線引きはこれまで不明確なまま40年間経っているのではないかと思われます。我々救急集中治療医にとっては、この線引きを明確にすることも大切です。すなわち禁忌項目を無視した医療は行っていない、ということを明確にする必要があります。

我々は、経腸栄養が十分でない重症救急患者さんに対して、脂肪乳剤の投与が必要だと考えています。実際のところ、緩徐に投与すること、血栓形成を認めた患者には投与しないこと、担当医が「重篤」と判断した血液凝固異常症例には投与しないこと、などを守りつつ、臨床の場において脂肪乳剤を使用して一定の成果をあげています。今後の課題としては、脂肪乳剤を使用した患者さんを後方視的に振り返り、その安全性と有効性について再検討することを計画しています。

文:新井隆男


(参考文献)

(1)AMRIS C.J., BROCKNER J. and LARSEN V. (1964) Changes in the coagulability of blood during the infusion of intralipid. Acta Chir Scand Suppl 325, SUPPL 325:70-SUPPL 325:74.

(2)Motton G., Ricci F., Guglielmi A., Olivieri D. and Cordiano C. (1984) Fat infusion and blood coagulation in patients undergoing surgery for esophageal cancer. Ital J Surg Sci 14, 271-274.

(3)Cotto M.A., Lutomski D.M., Palascak J.E., Fant W.K. and LaFrance R.J. (1990) Fat emulsion effects on prothrombin time in warfarin anticoagulated patients: an in vitro study. JPEN J Parenter Enteral Nutr 14, 201-203.

(4)van der Poll T., Coyle S.M., Levi M., Boermeester M.A., Braxton C.C., Jansen P.M., Hack C.E. and Lowry S.F. (1996) Fat emulsion infusion potentiates coagulation activation during human endotoxemia. Thromb Haemost 75, 83-86.

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