はじめに
我々の臨床においては、敗血症性ショックの患者さんを担当することが多いため、科内でもK先生やM先生を中心に何度も勉強会が行われてきました。敗血症の根本治療としての第一目標が感染病巣の除去と確実な全身管理であることは言うまでもありませんが、補助療法としてのステロイド投与が「ショックからの離脱を早めている」あるいは「予後を改善しているのでは」という印象は臨床現場で経験するところです。ステロイドほど見解が定着せず評価の浮き沈みが激しい薬剤は他になかなか見当たりません。それだけ、敗血症の治療が難しい、あるいは可能性を無視できない魅力がステロイドにはある、のでしょうか?というわけで、今回はこれまでの勉強会の内容もダイジェストで提示しつつ、敗血症性ショックに対するステロイドの利用法についてまとめてみたいと思います。
ステロイドの分泌
コルチゾールは強力な免疫抑制作用を持つホルモンであり、敗血症性ショックの病態においては過剰な全身免疫反応を抑制し、ショックを改善する働きを持っています。コルチゾールは副腎から分泌されますが、その調節は間脳視床下部から下垂体前葉のACTHを介したHPA軸により行われ、侵襲時はHPA軸が活性化することによって副腎のコルチゾール分泌が亢進します。
しかし、敗血症性ショックの病態において、侵襲の大きさに見合ったコルチゾールの分泌がおこっていないこと比較的多くあり(50〜70%)、これを相対的副腎不全と呼びます[1,2]。相対的副腎不全の状態では、たとえ感染巣が除去されたとしてもショックが遷延し、多臓器不全にいたる可能性があります。敗血症性ショックに対するステロイド投与は、このような相対的副腎不全の患者さんに対してコルチゾール(グルココルチコイド)を投与することにより、速やかにショックから離脱させる目的があります。
では、相対的副腎不全の患者さんをいかにして見分けるかという方法ですが、以前からACTH刺激試験というものが提唱されてきました。代表的なものは、コルチゾールの基礎値を測定し、その後ACTH(コシントロピン)を250 mcg投与し、30分後、60分後のコルチゾール値を測定するという方法です[3,4]。ACTH刺激試験により相対的副腎不全と診断された患者さんにステロイドを投与したところ、予後が改善したというデータも報告されています[1,5,6]。
しかし、このACTH刺激試験に関しては、どのくらいのACTHを投与して、どのくらいのコルチゾール上昇があれば、相対的副腎不全と診断してよいのか、明確なプロトコールが存在しないうえに、臨床の現場では結果を得るまでかなりの時間を要することもあり、現実的な方法ではないと考えられています。結局いまのところ、ステロイド投与により循環動態が速やかに改善した場合を相対的副腎不全と判断している現状です。
フランスの臨床試験(JAMA, 2002)
単施設の二重盲検試験がフランスで行われました[7]。300症例をプラセボ群とステロイド群に分け、ステロイド群はソル・コーテフ(50mg×4回/日)とフロリネフ(50 mcg経口1回/日)を敗血症性ショックが確認されてから8時間以内に投与開始し、計7日間継続治療しました。また、ACTH刺激試験(250 mcg)が行われ、症例を「副腎機能正常」グループと「相対的副腎不全」グループに分けました。
全症例において、ステロイド群では28日死亡率が減少しました(55% vs 61%)。「相対的副腎不全」グループにおいて、ソル・コーテフ群では28日死亡率(53% vs 63%)、ICU死亡率(58% vs 70 %)、入院中死亡率(61% vs 72%),、昇圧剤離脱率(57% vs 40%)が改善しました。「副腎機能正常」グループでは、死亡率と昇圧剤離脱率に差がありませんでした。
この臨床試験はプラセボ群の死亡率の高さ、統計学的問題、フルドロコルチゾン(フロリネフ)の使用による複雑化、という点で批判された[8-10]ものの、引き続き行われた2つのメタアナリシスでもステロイド使用と死亡率改善の関係は支持されました[11,12]。
CORTICUS(NEJM, 2008)
しかし、2008年に行われた多施設のRCT(CORTICUS group)[13]では、敗血症性ショックに対するステロイド投与の有効性が否定されました。499症例をステロイド群とプラセボ群に分け、ステロイド群はソル・コーテフ50mg×4回/日を5日間投与してテーパリングする方法で行いました。また、ACTHテスト(250 mcg)に基づいて「相対的副腎不全」グループと「副腎機能正常」グループに分けました。
結果、ソル・コーテフは28日死亡率を改善しませんでした(35% vs 32%)。これは副腎機能で分けた両群においても変わりませんでした。ただし、ショックから離脱した症例のみを比較したところ、ソル・コーテフ群はプラセボ群に比べて早期にショック離脱しました(3.3% vs 5.8%日)。また、ソル・コーテフ群では、プラセボ群より新規感染症が多く発生しました(有意差はなし)。本研究は、予測されたより大幅にプラセボ群での死亡率が低かった点で批判されています(実際=32% vs 予測=50%)。
各RCTにおける条件設定の違いとその解釈
フランスの研究では、敗血症のショック発症8時間以内の症例を対象としています[7]。また、平均のSAPS IIスコアは55.5点でかなりの重症例を対象としています。さらに敗血症性ショックの定義は収縮期血圧が(適切な輸液と昇圧剤にもかかわらず)一時間以上90mmHgを下回った症例と定義しています。
CORTICUSでは、敗血症性ショック発症から72時間以内の患者を対象としています。重症度は比較的軽く、SAPSⅡスコアでは平均49点でした。敗血症性ショックの定義は、適切な輸液にもかかわらず収縮期血圧が90mmhg以下、あるいは一時間以上昇圧剤を必要とした症例、となっています[13]。
これらのRCTやその他の臨床研究の結果を合わせて解釈すれば、ステロイド療法は重症度の高い敗血症性ショックの患者(輸液と昇圧剤投与にかかわらず収縮期血圧90mmHg以下が少なくとも1時間続く患者)に有効かもしれません。その場合とくにショックの始まりから8時間以内に開始した場合、効果がより期待されます。反対に、それほど重症ではない敗血症性ショックの患者さんに対するステロイド投与は有効でないかもしれません。しかしどのレベル(重症度)で線を引くかという問題は不明瞭です。一方、ステロイド療法自体が有害であったという明らかな証拠もありません。さらに、ステロイド療法の有用性をACTHテストによって明確には見分けることも今のところ出来ていません。
投与の実際
ほとんどの臨床研究では敗血症性ショックに対してグルココルチコイドを用いており、具体的にはハイドロコルチゾン(ソル・コーテフ)を使用しています。ただし投与プロトコールや治療期間は報告により様々です。これらが他のグルココルチコイドに適応できるかどうかは不明です。我々は、さしあたって、重症度の高い敗血症性ショック(たとえば輸液と昇圧剤投与にかかわらず収縮期血圧90mmHg以下が少なくとも1時間続く患者)に対し、発症から8時間以内に、50mgのハイドロコルチゾンを6時間おき、あるいは200〜300mg/日を持続投与するのがよいと考えています。血糖コントロールや処置の簡素化を考慮すると、後者(持続投与)がよいと考えています(詳細は後述)。
また、テーパリング方法を比べた研究報告はありませんが[14]、ある研究では、急なステロイド中止は循環動態の再増悪や炎症マーカーの再増悪をきたしたと報告されている[15]こともあり、ステロイドを急に中止する場合はより厳密な経過観察が必要と考えています。
また、フルドロコルチゾン(フロリネフ)を経口で加えることに関しては、ハイドロコルチゾン(ソル・コーテフ)単体で十分なミネラルコルチコイド作用を持っていること、また、ショック時に経口投与されたものがどれだけ吸収されるか不明であること[7]などを考慮して、我々は今のところフルドロコルチゾンは使用していません。
第一線で働くスタッフのコメント(勉強会より)
【K先生】
CORTICUSでこういう結果になった以上、septic shockに対するステロイドの使用に消去的にならざるをえませんね。ちなみに、広範囲熱傷患者さんは生存する方も死亡する方も大部分が一度はseptic shockに陥りますが、○○病院では熱傷患者に一切ステロイドを使用してません。気道熱傷にもステロイドは使っていません。ただし、八王子時代のボクの実感として、ステロイドを使用するようになってから、ノルアドだけでは昇圧できずボスミンやバゾプレッシンまで使わざるをえないようなseptic shockでもたすかる患者さんが増えたように思います。今回の文献の考察の中でも、Annaneらの対象患者と比較して軽症例が多かったことが影響していた可能性が示唆されています。したがって、現時点でボクはseptic shock全例にステロイドを使うのではなく、次のようなcriteriaにあてはまる患者には使ってもいいかなあと思います。(1)septic shockの中でも重症のもの:例)APACHE II>20、SOFA>10、catecholamine index>10、vasopressor score>3 etc、(2)ステロイドの作用が有利にはたらくと思われる症例:例)白血球減少例、肺水腫合併症例、低血糖症例 etc.・・・。もちろん、感染がコントロールされていること(コントロールされているかどうかの指標に何を用いるかが難しいですが、少なくとも外科的にフォーカスが除去されてる症例はこれに当てはまるでしょう)、高血糖や胃潰瘍がないことなどが必要条件でしょうね。
【0先生】
重症熱傷は感染必発なので使いにくく、私もほとんど使いませんでした。
【M先生】
ステロイド療法は、Surviving Sepsis Campaign Guidelinesによると【 hydrocortisone 200-300mg/day 】 です。投与の方法については、7日間、1日3-4回 bolus か continuous infusionが推奨されています。当センターは、『ソルコーテフ 200mg/day』は決まりですが、投与方法がまちまちで、先生方の困惑のもとになっているのかも知れませんね。ということで紹介する文献は、
1) |
Loisa P, Parviainen I, Tenhunen J, Hovilehto S, Ruokonen E. Effect of mode of hydrocortiso
ne administration on glycemic control in patients with septic shock: a prospective randomize
d trial. Crit Care. 2007;11:R21. |
2) |
Weber-Carstens S, Deja M, Bercker S, Dimroth A, Ahlers O, Kaisers U, Keh D. Impact of bolu
s application of low-dose hydrocortisone on glycemic control in septic shock patients.
Intensive Care Med. 2007;33:730-3. |
両者とも、bolusと持続のどちらがいいの?という疑問のもと行われた研究です。結果的には、どちらも敗血症性ショックへの効果に違いはありませんでした。しかし、Campaign Guidelinesでも推奨されている、血糖コントロールの点で、持続投与は良好なコントロールができたと結論づけています。1)の論文では、さらに看護師の仕事量も軽減できて良いともしています。ノルアドがついている間は微注が一つ増えても、転床とかには影響ないし、ノルアドオフ後はbolusにしてもいいし。今後は当センターでも持続投与でやってみてはいかがでしょうか?
【K先生】
シリンジポンプの案。賛成します。ソルコーテフは1バイアル100mgです。50mg×4とした場合、Nsは100mgから50mgだけ抜き取って、残り50mgは捨ててしまいます。1日で4バイアルが消費されます。200mg持続投与なら1日2バイアルですみます。コスト削減ですね。
ただし、我々が知っておかなければならないのは、Annaneらが唱えた敗血症性ショック患者に対するステロイド投与にもいろいろ問題点があるということです。まとめると・・・
- Annaneらは敗血症性ショック患者のうち、ACTH負荷試験を行って、non responderの患者のみを抽出して予後改善効果を認めているということ。
- さらに、Annaneらのプロトコールはハイドロコルチゾン200〜300mg/day経静脈投与だけでなく、フルドロコルチゾン(フロリネフ)内服投与を行っているということ。
- 最近行われた敗血症性ショック患者を対象とした大規模研究では、ハイドロコルチゾン投与に予後改善効果が認められなかったということ
さらなる問題点として、
- 敗血症性ショック患者に対してACTH負荷試験を行っていたのでは手技が煩雑だし、検査結果が出るまでにどれだけかかるかわからない。
- そもそもショックの患者に対して内服薬を投与することはいかがなものか?
というように問題山積なのです。
というわけで、多くの施設はACTH負荷試験は行わず、ハイドロコルチゾン静注のみをおこなうという妥協治療を行っているのが現状だと思います。
だだ、この治療を行うようになって、敗血症性ショック患者で死ぬ患者さんが少なくなったという印象を持っています。つい数年前は、「ノルアドがついちゃったらもうだめだ」という感じだったのです。それが、今は「敗血症性ショックは助けてナンボ」という感じになっているのです。だから僕もハイドロコルチゾン投与をやっています。
【M先生】
今回は、敗血症性ショック関係の最新版を報告します。Up-to-dateってやつです。
カテコラミン依存性の敗血症性ステロイドに対するステロイド療法は、Surviving Sepsis Campaign Guidelinesによると【 hydrocortisone 200-300mg/day 】となっていました。投与の方法については、7日間、1日3-4回 bolus か continuous infusionが推奨されていました。
当センターは、『ソルコーテフ 200mg/day』が主流でしたが、このたびSurviving Sepsis Campaign Guidelines が2008年度版に改訂されました。ということで本日の文献は、
Surviving Sepsis Campaign: International guidelines for management of severe sepsis and septic shock: 2008. Crit Care Med. 2008;36:296-327.
ガイドラインでは、ステロイドの使用は成人で、fluid resuscitationやカテコラミンに反応が乏しい敗血症性ショックに使用を限定しています。ショックを伴わないものや軽い敗血症には使用はお勧め出来ないと言う事です。ちなみにACTH負荷試験に関しては、あえてadrenal insufficiencyを証明するために投与する必要はないとの事です。投与するステロイドはhydrocortisoneですが、hydrocortisoneで効きが悪いときは、fludrocortisoneの経口投与も追加することを推奨しています。
今回のguidelineではステロイド投与量についてはstress-doseという記載にとどめています。どちらにしても従来の投与量で問題なさそうです。当救命センターでは、従来通りソルコーテフ 200mg/day持続投与を継続しくことにしましょうか・・・。
(参考文献)
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- Dorin, RI, Qualls, CR, Crapo, LM. Diagnosis of adrenal insufficiency. Ann Intern Med 2003; 139:194.
- Streeten, DH. What test for hypothalamic-pituitary-adrenocortical insufficiency? Lancet 1999; 354:179.
- Marik, PE, Zaloga, GP. Adrenal insufficiency during septic shock. Crit Care Med 2003; 31:141.
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- Annane, D, Sebille, V, Charpentier, C, et al. Effect of treatment with low doses of hydrocortisone and fludrocortisone on mortality in patients with septic shock. JAMA 2002; 288:862.
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- Rubenfeld, GD. When survival is not the same as mortality. Critical Care Alert 2003; 10:113.
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- Annane, D, et al. Corticosteroids for treating sepsis and septic shock. Cochrane Database Syst Rev 2004;1:CD002243.
- Minneci, PC, et al. Meta-analysis: the effect of steroids on survival and shock during sepsis depends on the dose. Ann Intern Med 2004; 141:47.
- Sprung, CL, Annane, D, Keh, D, et al. Hydrocortisone therapy for patients with septic shock. N Engl J Med 2008; 358:111.
- Dellinger, RP, Levy, MM, Carlet, JM, et al. Surviving Sepsis Campaign: international guidelines for management of severe sepsis and septic shock: 2008. Crit Care Med 2008; 36:296.
- Keh, D, Boehnke, T, Weber-Cartens, S, et al. Immunologic and hemodynamic effects of "low-dose" hydrocortisone in septic shock: a double-blind, randomized, placebo-controlled, crossover study. Am J Respir Crit Care Med 2003; 167:512.
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